敬天社道場の紹介

荒木無人斎流居合道の歴史

16世紀頃、伊丹城主荒木摂津守村重の命により荒木無人斎源秀綱(一説には秀縄)が流祖となり、約400年の時を超えて継承され、現代まで伝えられています。


「荒木無人斎流居合道」は、16世紀頃、伊丹城主荒木摂津守村重の命により荒木無人斎源秀綱(一説には秀縄)が流祖となり、刀法のみならず様々な武術を総合的にまとめあげた実践的武術としてはじまったと伝えられています。荒木無人斎流居合道には、座業30本、立業13本、組み太刀9本をはじめ、より実践的な業を追い求めた中伝の型、木刀の型があります。​
 
摂津伊丹城主 荒木摂津守村重

拡大
初代荒木無人斎源秀綱(秀縄)
第二代荒木新五郎村治
第三代北河原与作親忠
第四代荒木左馬助村常
第五代荒木大竜斎村輝
第六代荒木髄応斎村記
第七代荒木十二郎村高
第八代荒木如水斎村保
第九代荒木長兵衛村晴
第十代荒木武兵衛村光
第十一代安楽白雲斎国宗
第十二代川俣伊惣次宗晴
第十三代阿部無刀斎正満
第十四代讃岐屋喜三郎元親
(金房冠一郎)

拡大
第十五代早淵鯉昇賀茂幸

拡大
第十六代早淵鯉將賀茂肇

拡大