敬天社道場の紹介

敬天社道場 紹介

創立1935年。荒木無人斎流居合道、神伝真正早渕流剣詩舞道の本部道場。

大日本敬天社道場 総本部
居合道  荒木無人斎流居合道
剣詩舞道 神伝真正早渕流剣詩舞道

所在地   〒654-0006 兵庫県神戸市須磨区養老町2-6-12 地図
電話   078-732-2883
FAX   078-732-7764
メール  info@keitensha.com

敬天社道場の歴史



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「荒木無人斎流居合道」

16世紀頃、伊丹城主荒木摂津守村重の命により荒木無人斎源秀綱(一説には秀縄)が流祖となり、刀法のみならず様々な武術を総合的にまとめあげた実践的武術としてはじまったと伝えられています。


 現在、荒木無人斎流居合道は第十四代金房冠一郎先生、第十五代早淵鯉昇を経て、現在は第十六代早淵鯉將へと引き継がれています。人としての礼節を学び、基本業として座業30本、上級業として立業13本、組太刀9本をはじめ、中伝の型、木刀の型といったより実践的な業を修得することで心身ともに鍛錬することを目的としています。

 居合道と聞けば古くさい精神修養と思われがちですが、実際は現代においても自己防衛の手段として用いることもでき、もちろん精神修養にも最適です。時代によっては人を殺すための武器であった刀を用いますが、現代では居合道の業は身を守るため、人の命を守るために使われるべきであります。しかしながら、居合道の本質を学ぶためにはまず剣術を学ぶことで自らに自信をつけなければなりません。相手に勝つ技を身につけることで人は争うことを抑制できると考えます。したがって、居合道の本質はすべての技を習得してからのちに自分自身で探し出すものといえるでしょう。

荒木無人斎流居合道の歴史

第十六代宗家 早淵 鯉將


早淵 鯉將

古流としての技術のみならず、武士としての礼節を重んじ、居合道が古代の化石とならないように常に技の研究、開発に努めている。 国内のみならず、海外においても居合道、剣詩舞道の指導にあたっている。平成11年に荒木無人斎流居合道第十六代宗家を、平成18年に神伝真正早渕流剣詩舞道三代目宗家を継承。詳細プロフィールはこちら
 

「神伝真正早渕流剣詩舞道」

流祖は長崎で道場を開いていた金房冠一郎先生といい、荒木無人斎流居合道、宝蔵院流槍術の名手であり、歌舞伎の技などを取り入れて金房流剣舞術を創立されました。

また、夫人千代子先生は静流薙刀、佐分利流槍術を修業され、両先生は明治天皇、大正天皇に召され天覧剣舞を行われました。
 早渕流初代宗家早淵鯉昇は幼少の頃より長崎においてこの金房冠一郎先生に師事し、金房流剣詩舞道並びに荒木無人斎流居合道を習得。昭和11年に神戸の地に赴任する際、許されて神伝真正早渕流剣詩舞道を創流し、剣詩舞道と居合道を指導すべく「大日本敬天社道場総本部」を創立しました。以来二代宗家早淵鯉操(現 宗玄)を経て現在早淵鯉將が三代宗家を務めています。「敬天社道場」の名前は、鹿児島県出身であり、武士としての礼節を重んじた初代宗家の好んだ言葉「敬天愛人」に由来し、また「鯉昇」という雅号は中国故事にある登竜門、「鯉、昇天して龍となる」というようにこの剣詩舞道の世界で頂点にならんとしてつけられたものです。したがって指導者にはすべて「鯉」の字が雅号につけられます。
 この剣詩舞道は、荒木無人斎流居合道を基につくられた剣詩舞道であり、まず礼節を重んじ、刀、槍、長刀等の武具はもちろんのこと扇の扱い、体捌きも刀法を基本として創作されました。現在では、より芸術的に表現するべく、詩心表現にも重点を置き、硬軟併せ持った振付がなされています。

 剣詩舞道とは吟詠(漢詩に節調を付けて詠ずるもの)等の音楽にあわせて扇、刀等の武具を用いて詩心表現豊かに舞うものであり、刀を主として用いるものを剣舞、扇を主として用いるものを詩舞、あるいは扇舞といっています。現在では吟詠のみならず様々なジャンルの音楽を用いることもあり、老若男女を問わず入門されています。
 

宗玄紹介 早淵 鯉操


早淵 鯉操

二代目宗家早淵鯉操は平成18年3月21日をもって宗玄に就任。公益財団法人日本吟剣詩舞振興会元老。現在も第一線で頑張っています。
宗玄とは、斯道を極めた者という意味を持っています。